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眼の記憶08

第18回 メキシコ遊行(III)/壁画のたのしみ
2008.10.21
写真1 『アラメダ公園の日曜の午後の夢』全体

 今回の旅の目的はいくつかあったが、その一つはディエゴ・リベラをはじめとするメキシコ現代美術の壁画群を見ることにあった。メキシコ・シティではとくに多くの時間をそれに費やした。シティで宿泊したホテルの真ん前、フアレス通りの向い側にアラメダ公園があって、その北西角にディエゴ・リベラ壁画館が建っている。宿から歩くと3分、館の先に滞在中よく利用した地下鉄イダルゴ駅があり、周辺には、屋台のタコス屋やCD売り、生活雑貨の露店などが軒をつらねている。メキシコは屋台露店文化の国で、どのまちにもそれがでている。縁日ではなくふだんでも人の集まるところならどこにでも。日本のようにイベントや祭や限られたエリアにしかでてこない屋台露店とは質量ともに異なる。こういう演劇的ともいえるまちの雰囲気はタイやマレーシアやヴェトナムを連想させて、アジア的でもあった。わたしはときどき既視感に陥った。

写真2 同・右翼部分

 ディエゴ・リベラ壁画館は、リベラ晩年の傑作といわれる『アラメダ公園の日曜の午後の夢』(1947年作)1点を展示するために建てられた壁画館である。以前に展示されていたホテルは1985年のメキシコ大地震で倒壊し、しかし、壁画は奇跡的に損傷を免れた。それがいまここに永久展示保存されている、とガイドブックにある。

写真3 同・中央部分

歩道をそれてほんの十数歩、路上の猥雑さを公園の空気で浄化する間もないままに壁画館へ入ると、そこに『アラメダ公園の日曜の午後の夢』(写真1〜4)はあった。展示空間は、わたしの気分としてはいまだ路上の延長であり、そのかすかなざわめきが身のまわりにある。

写真4 堂・左翼部分

アラメダ公園のなかで壁画『アラメダ公園の日曜の午後の夢』を見る。長大な壁画のまえにはソファが置かれているので、そこに坐ってゆったり全体を眺め、ときに歩み寄って部分を精細に見ることができる。わたしは小1時間ほどここでくつろいだ。そうして、Long shotとClose upを往き来するうちに、壁画を見ているわたしが、壁画のなかのわたしになっているような、妙な心持ちがしてくる。いい感じだ。壁画を見るたのしみは、おのれの感性をテコにして自在に画のなかをうごきまわり、時空間を逸脱していく快楽にある、と思う。

写真5 右から骸骨、フリーダ、少年ディエゴ

 『アラメダ公園の日曜の午後の夢』のなかにはメキシコ人と呼ばれる人びとのほとんどがいるようだ。インディオ(先住民)、クリオージョ(スペイン人植民者を両親として現地で生まれた白人、またはその子孫)、メスティーソ(先住民と白人の混血)、農民、労働者、革命家、政治家、ブルジョワジー、貴顕淑女、老若善男善女、骸骨、・・・・顔が見えている人物はすべてモデルがあるそうだ。その一覧表が場内にあって、メキシコ人の観覧者は壁画とそれを首っ引きで照合して、ホーとかエーッとか声を上げている。

写真6 農民革命兵士たち

わたしの知識では名前と顔が一致するのはほんの数人である。わたしが親しんだのは、画面中央の少年ディエゴ(リベラ)とフリーダ・カーロと骸骨(写真5)であり、農民革命兵士たち(写真6)であり、労働者・市民たち(写真7)であり、貴顕を狙う少年(写真8)である。

写真7 労働者・市民たち

 ――それにしても見事な群像画である。ソファで感嘆しているうちに、わたしはまどろんだようだ。まどろみのなかに、わが友、絵師・貝原浩の顔と彼の作品群がながれこんできた。作品、とくに、ロール状の和紙を大胆につかった墨絵群像画の数々が。

写真8 少年

そして、「出会ったすべての人びとを描きたい」と語っていた画伯のことばがうかんできた。わたしの脳裡でリベラと貝原がフラッシュバックしたのは、両者に通低するものとして、人間への飽くなき好奇心と精緻な観察眼を感じるからである。わたしが人群れの画家と呼ぶ貝原の群像画をもっともっと見たかった。(貝原さんとわたしの付き合いについては、コラム「Circuit06」の「第19回A DRINKING LIFE」をお読みいただければさいわいです)。

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