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眼の記憶08

第22回 ごくかんたんな報告(2)
2008.12.24
写真 大国公園でのもちつき

 ヤヤ旧聞になりますが、今月14日に神戸市長田区野田北部の大国公園で、恒例の「もちつき」がありました(写真)。地域をあげての「もちつき」がはじまったのは阪神大震災の暮ですから、もう14回になります。わたしもひさしぶりに参加しました。撮影をとおしてお近づきをえた野田北部のあの人この人と出会えて、うれしい一日となりました。この日、ついたもち米は100キログラム。震災の年はなんと300キログラムをつきあげました。あのときは、朝6時すぎ、まだ暗いうちから準備をはじめ、三臼をフル稼働してもすべてつきあがったのは夜の7時をまわっていました。おもえば、あの年だからできた、やり遂げた「もちつき」でした。でも、ことしだって100キログラムですから大したものです。

 つきての面々の顔ぶれは年々歳々徐々に変わってきましたが、あの頃の主軸だった男衆はいまでも後見として現場にいて、元気です。女衆は、切りもちや餡もち、きな粉もち、辛みもちづくりに、手八丁口八丁、お達者です。ことしは、地域外からも男女高校生が大勢参加して、はじめはあぶなっかしい杵振りでしたが、地元ベテランの指導よろしきをえて、活躍していました。若者がいると年長者もハリキリがいがあるようで、その点でも若衆の参加は欠かせません。なつかしい顔をもあって、建築家の森崎輝行さんとひさしぶりに会いました。前回のコラムでおつたえした、「野田北部震災資料室」の室内レイアウトを森崎さんが担当していて、その話を肴に昼酒を一杯やりました。もちつきには酒はつきものです。

 その震災資料室で常時上映するための短篇映像作品『震災復興のあゆみ〜あの時と今〜』(30分)の制作作業がおわりに近づいています。先日、ナレーション採りを野田北部の「たかとりコミュニティセンター」内にある「FMわぃわぃ」のスタジオで行ないました。語り手(ナレーター)は西條遊児さんです。わたしが書いた原稿を、遊児さんがとてもやわらかい神戸弁で読み上げてくれました。遊児さんは関西のラジオで活躍するかたわら、(いや、かたわらではなく)、震災後早くから「FMわぃわぃ」の番組づくりにもかかわってこられました。この作品の語り手としてはうってつけの人です。年明け1月17日の阪神大震災14周年に「野田北部震災資料室」はオープンしますが、『震災復興のあゆみ〜あの時と今〜』は、そのときにお披露目されます。

  • 震災復興の歩み紹介 長田・たかとり教会に資料室開設へ(神戸新聞 2008年11月13日)
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