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コラム「Circuit 06」青池憲司

第15回 運動会と夜会
2006.6.10
日比谷野外音楽堂にて
▲日比谷野外音楽堂にて Photo:青池憲司

 6月は1960年の安保闘争以来、運動会の季節である。2日、「教育基本法の改悪をとめよう! 6・2全国集会&国会デモ」に知人らと誘い合って参加した。会場の日比谷野外音楽堂には、沖縄から北海道まで、約3000人の市民・学生・教育労働者・関係者が参集した。ステージでは、呼びかけ人の発言、全国各地の教育現場から教師の報告、学校の現状を訴える学生の報告、「君が代」処分撤回闘争を闘っている関係者のアピール、国会議員の連帯メッセージなどがつづいた。これらの発言に見えてくるのは、「わたしたちの社会」をじわりと歪めていく「国」の力である。わたしたちの社会をじわりと歪めていく力に対抗するには、それはちがうだろう、というわたしの意思を、わたし自身が、「わたしたちの社会」に提示し、一人ひとりのわたしが寄り集いて「国」に突きつけていくこと――それが対抗手段の一つであり、あまたある意思表示の方法の一つでもあり、すなわち、わたしが運動会(デモや集会)にでかける理由にほかならない。ちなみに、明治民権運動の先達たちは集会やデモなど民衆の異議申立ての活動を運動会と称した。

いまは麦秋の運動会
▲いまは麦秋の運動会だ Photo:青池憲司

 4日、義理の甥の運動会にでかけた。小学校の運動会である。「秋晴れて、意気あがる・・・・」なんて歌をむかしの運動会では歌ったものだが、いまは麦秋の運動会である。こどもたちのあげる黄色い声は変わらないが、しかし、運動場全体を覆う圧倒的な喚声にはならない。見わたせば、運動場にこどもの数よりおとなの数のほうが多いではないか。いまの世の中、ひとりのこどもの応援に両親と両方の祖父母がきている光景もめずらしくないから、見た目にほぼまちがいないだろう。わたしは、指定された保護者席を離れてこどもたちの声がよくとおってくる場所へ移動して競技を見た。走り跳ぶ姿を見るのもたのしいが、こどもの声はわたしの心身の日々のこわばりをほぐしてくれる。ほぐされたわたしの心身をどのようにかれらに返していくか。それは、わたしの運動会を捲まず撓まずつづけていくことであろう。

 6月は夜会の季節である。夜会といっても、中島みゆきのコンサートではなく、もちろん社交界のそれでもない。「100万人のキャンドルナイト」(同実行委員会主催)という催しである。夏至と冬至の時季に、夜8時から10時の2時間、電気を消しキャンドルを灯してゆっくりした時間を過ごそうという趣旨である。この催しは2003年にはじまり05年には全国で2万2000か所以上が消灯し、664万人が参加したという。ことしの夏至は6月21日。わたしも初参加して、その一刻を松下竜一さんや前田勝弘さんといっしょに過ごしてみようとおもっている。松下竜一さんは、『暗闇の思想を』をはじめとする著作活動の一方で、反公害、反戦、反原発運動などに力を注ぎ、1973年、福岡県豊前市に計画された火力発電所の建設反対運動では、当時まだめずらしかった「環境権」を掲げて法廷闘争を展開した。前田勝弘さんは、記録映画『公害原論1974』(わたしはこの作品の編集助手をつとめた)、『自由光州』などの映画監督であり、映画製作者としても多くの作品を世にだした。そのうちの1本にわたしが監督した『ベンポスタ・子ども共和国』がある。

 『公害原論1974』は北海道・旭川から九州・土呂久まで、日本全国の産業公害の歴史と現状、実態とその反対運動をとりあげた作品だが、そのなかに当時豊前火力発電所の建設反対運動にとり組んでいた松下竜一さんが登場し、『暗闇の思想を』にもかかれているこんな話をする。「火電建設反対などと生意気な運動をしながら、お前んとこの電気はあかあかとついちょっじゃねえか」。そんな嫌がらせ電話を受けて、ある夜、松下さんは家の電気を止めてしまう。「ふと冗談みたいに家中を暗闇にしてしまった」。すると、こどもが問う、「父ちゃんちゃ。なし、でんきつけんのん?」。松下さんは、「窓から、よう星の見えるごとおもうてなあ」と答える。このことをきっかけに松下さんは「暗闇の思想」を考えはじめたという。「100万人のキャンドルナイト」の発想の原点がここにある。松下さんも前田さんもすでに故人である。


*関連リンク

  • 100万人のキャンドルナイト
    http://www.candle-night.org/home.html
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