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青池憲司コラムさまざまな震後2013

第3回「2014年夏川開き祭りのころ」
2015.7.8

7月28日〜8月2日、第4回撮影。初日は、挨拶まわりとロケハンです。きもちのよい風が草原から吹いてきます……が、ここは3年まえまでは住宅や商店が立ち並んでいた所(門脇町、南浜町)です。29日からは、その草原(原野)の変容と「まねきコミュニティ」のいまを撮っています。

まねきコミュニティは、門脇町2丁目〜4丁目の住民さん23世帯60人のあつまりです。その23世帯すべてにインタヴュー撮影をしようと計画し、今回のロケでは3家庭6人の方にうかがいました。あの日のことはいうまでもありませんが、いま、それ以上にわたしたちが関心をもっているのは、みなさんがこの地に住まわれてからの来し方行く末です。3月11日をはさんでの暮しの変化のみならず、世に住む日日を語っていただくインタヴューをめざしています。今回の話者のうち3人は米寿を迎えた方。語りは無碍自在に時空を飛び交います。

津波と火災の被害に遭った門脇小学校の旧校舎をどうするのか。門脇町、南浜町、雲雀野町、日和が丘など、旧校区の住民と市民の意見は、(アンケートによると)ほぼ二つに分かれています。解体撤去して跡地を有効利用する。震災遺構として後世に津波被害の様相を伝え継ぐ。

「石巻市震災伝承検討委員会」は7月24日、4回目の会合を開き、門脇小校舎について震災遺構として価値が高く「津波火災を語る県内唯一の施設」「惨状を知る空間があることは大事なこと」などと保存を支持する見解をだしました。

これにたいして、地元の4町内会(門脇町2丁目〜5丁目の震災まえの自治会)でつくる住民組織「門脇町復興街づくり協議会」は、学校周辺は土地区画整理事業が進められ、「新たなまちづくりにそぐわない」と解体を求めています。協議会は昨年9月から、門脇小の解体を前提に居住地域にふさわしい跡地の利用を市に要望。ことし6月にも検討委員会と意見交換し、早期解体などを求めた矢先だけに反発は大きいものがあります。「市は門脇小の遺構化に関するアンケートを何度か実施している。最も重視してほしいのは、これから門脇町で暮す住民の意向です」。

検討委員会は遺構に関する意見を取りまとめ、12月に亀山紘市長に提言するという。*(そのご市行政は、提言を受け、結論を2015年3月末までに出すとしたが、7月6日現在、発表はない)

今回ロケのもう一つの目的は、31日〜8月1日の両日に行われる旧北上川の「石巻 川開き祭り」です。

8月1日。川開き祭り2日目。朝9時から旧北上川での「孫兵衛船競漕」決勝を撮影。

この祭りは、江戸時代に北上川河口部の改修を行い、石巻発展の礎を築いた川村孫兵衛の偉業を讃えるとともに、海難事故、水難事故によって亡くなった霊魂を供養するために行われ、1916年(大正5)にはじまっています。石巻は、岩手から東北を縦断してきた川の流れの終着地であり、河口を拠点に発展した「湊まち」です。いま、その両岸は津波で破壊され、依然として浸水対策工事の仮防潮壁のままで、コンクリート壁の外側にシートで覆われた巨大な土嚢が並んでいます。

1975年(昭和50)にはじまった孫兵衛船競漕は、震災後、船が津波で流され、復興工事の影響での中断やデモンストレーション競漕を経て、ことしは船が新造され完全復活となりました。旧北上川の上流(石巻大橋)からの約450mの距離を、男女別に分かれた職場チームで競います。

おなじ日、中心市街地では市内16校による小学生鼓笛隊パレードが行われました。そのラストを飾るのが、今年度での閉校が決まった門脇小学校です。彼ら/彼女らの最後の晴れ舞台を撮影しました。被災後、門脇中学校に間借りして学ぶいまの門小児童は113人。今年度の新入生は2人でした。スタート地点の石巻小学校は、閉校・統合される門小児童が来年度以降に通う学校です。

撮影隊が石巻小に着くと、鼓笛隊員(4年生〜6年生)78人が勢揃いし、その周りには児童の家族や、OG/OB、先生が集っていました。門小映画二部作に登場したこどもたちともひさしぶりの再会し、パレードの出発を待つ間、みんなとなつかしく親しくうれしく話しこみました。

小学生鼓笛隊16校のラストに出発した門小は、プラカードを先頭に校長先生らがつづき、アイトピア通り、立町大通りをパレードして行きます。祭り客であふれた沿道から応援の声が掛ります。みなさん、門小の鼓笛パレードを見るのはこれが最後だと知っているのです。20分余りのパレードのゴール地点である立町大通りの七十七銀行石巻支店前では、卒業生や保護者を中心に多くの人たちが出迎えました。

パレードをした門小児童代表6人による挨拶。

「会場にお集りのみなさん、きょうはぼくたちの鼓笛パレードを応援していただき、ほんとうにありがとうございます。みなさんからの大きな声援と拍手をいただいたおかげで、ぼくたちは満足できる鼓笛演奏を行うことができました。」

「これまで、辛い思いもたくさんしました。でも石巻のみなさん、日本全国のみなさん、世界中のみなさんから、大きなご支援と励ましをいただきました。ほんとうにありがとうございます。」

「門脇小学校は今年度かぎりで閉校になり、142年の歴史に幕を下ろすことになります。でもぼくたちが引き継いできた伝統や数々の思い出、歌い継いできた校歌は、ずっと心の中に残していきたいと思います。そして仲間を大切にしながら、未来に向かって明るく元気に歩み続けて行きたいと思います。最後に門脇小学校の校歌を演奏します。会場にお集りのみなさんにも、ぜひ一緒にうたっていただきたいと思います。」

呼びかけに応えて、大通りの車道と歩道を埋めつくした、門小っ子、保護者家族、卒業生(ン十年前のおじさん・おばさん・老爺・老婆も)、門小関係者、地域の人たちが、校歌をうたい、この場に待機していた浴衣姿の門脇中学校吹奏楽部のメンバーが演奏に加わりました。最後のフレーズ「小学校は門脇」の部分は5回くりかえされえる大合唱になり、門小への尽きない思いがストリートにあふれた一刻でした。

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