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青池憲司コラム眼の記憶10

第6回 震災小片雑記・貳(110323)
2011.3.24

【小片6】

13日、野田北部まちづくり協議会(神戸市長田区)から「くぎ煮」がくる。これは、阪神大震災後の毎年、わたしにとっては春の到来を告げる使者である。だが、ことしの春はまだやってこない。やってきたのは巨大地震・巨大津波・原発災厄である。この日、所用で出かけた浜松で、作業をしながら震災報道TVの音声を聴いていて、突然めまいにおそわれた。惨禍の映像がめくるめいて、それは阪神大震災被災地の光景なのである。その場で話したことをそのまま書きとめる。「こんどの地震の発生から48時間がすぎて、死者は1200人を超え、行方不明、安否不明は多数、まちは見る影もない。阪神大震災では、焼け落ち瓦礫と化したとはいえ、そこにまちのかたちはのこった。野田北部では、震災の日の夕方に「復興対策本部」を立ち上げ、まちづくりがはじまった。東日本大震災被災地のまちづくりはいつどのようにはじまるのか」

●SCENE1 新大久保駅at10:21am

【小片7】

15日、東日本大震災後はじめてOKUBO(新宿区大久保、百人町地区)へ行く。おどろいたのはこの光景である。早朝ではない、10時過ぎである。駅前にもストリートにもいつもの喧騒がない。わたしは十年来このまちに通っているが、こんなひっそりとした改札口を見るのは、はじめて。大震災の影響以外の何ものでもない。多民族のまちから雑踏と多声が消えた。便利屋ヤクモの話によると、このまちの外国人が早くも母国への避難帰国をはじめているという。ツナミとゲンパツの恐怖である。

【小片8】

同日、こんな情報がメールで送られてきた。

「東京入国管理局では、余震への恐怖や福島原発の放射能汚染等から逃れ、自国への一時帰国を急ぐ外国人数千人が再入国許可を求めて殺到した。外国人たちは、番号札を得るのに数時間、印紙を買うのに数時間、申請書を書いてから順番が来るまでに数時間と、丸一日を要し、長い列を作った。列は、庁舎1階・2階のホール、廊下、待合室、階段を埋め尽くし、職員用通路・階段も開放されたが足りずに、庁舎外にも延々と続いた。

一方、大震災の影響で、交通機関や安全上の都合により、来庁できず、在留期限を超過してしまう外国人も少なくない。そのため、東京入国管理局では、被災時の特別な対応として、こうした外国人やその申請を取り次ぐ行政書士に対して、安全に来庁できるようになったときに、事情を聞いた上で、特別受理の可否判断を行う、と表明した」

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