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青池憲司コラム眼の記憶09

第18回 江戸川のほとりで
2009.11.20
写真1 撮影が行われた長屋の表

 関東平野を流域として東京湾に注ぐ江戸川が、東京都と千葉県の県境に位置する松戸市あたりを流れるところ、その川原と付近のロケーションを利用して、ある映画づくりが進行している。在日ビルマ人たちが制作する劇映画である。タイトルを『かなしみの川』(仮題)という。ビルマの軍政を逃れて10余年前に来日したHtay Thitさんが脚本・演出とキャメラを担当し、録音や照明などのスタッフをはじめ、出演する俳優はおとなもこどもも、すべて素人の同国人という制作態勢である。撮影機材はアマチュア・ユースのDVカメラ,照明機材も録音機材も街場の量販店で手に入るシンプルなものである。一日、その撮影現場を見学した。

 Htay Thitさんは、ビルマでも映画監督や画家として活動していた。いまは、東京都心のレストランで料理人をしている。Htay Thitさんが日本での映画づくりを思い立った理由は、直接的には、2008 年 5 月に母国を襲ったサイクロンのとき、軍事政権がとった国民への対応についての怒りがある。サイクロン<ナルギス>の被害は、15万人以上の死者と行方不明者を出し、被災者は 240万人以上にのぼった。サイクロン直後に、被災者を救援すべき政府の措置は、サイクロンを自然災害ではなく国家安全保障の問題として扱うことだった。そのため、被災地住民への医療救援や物資援助などの人的物的活動は、国際的な支援態勢が組まれたにもかかわらず、政府自身の手で妨害阻止遅延させられた。被災地では、数多の命が失われ、苦しみがあふれた。映画づくりの動機の背後には、軍事独裁政権への異議申し立てがある。怒りと抗議をモチーフとして自国の民主化への激しい渇望が盛り込まれた内容である、という。

写真2 撮影風景。カメラの後ろに坐る監督

 その日の撮影は松戸市内の古い住宅の一室で行われた(写真1、2)。シナリオのナンバーでいくと全体で60シーンのうちの53シーン目。父親がこどもたちに、「ビルマ建国の父」と呼ばれるアウンサン将軍の写真を見せながら、将軍の独立運動の偉業の数々を語り聞かせる場面である(写真3)。6畳ほどの和室をビルマ家屋の室に見立て、小道具をあしらって作り込んでいる。出演者の父親役と子役4人はみんな在日ビルマ人で、こども4人は日本生れ、もちろん、実の親子ではなく、男の子3人は小2と小6、女の子は中2である。スタッフが手分けしてのセット作りが終ると、若い監督助手(日本での職業はヴィデオ編集者)が出演者にセリフをつけていく。シナリオはあるが、場面場面のセリフはすべて現場での口伝えである。理由は撮影当日間際にならないと役者がきまらないからだそうだ。じっさいに喋ってもらって、その場でどんどん直していく。そして、テスト、本番となるが監督のOKはなかなか出ない。けっこうしつこく何テークも撮っている。

写真3 撮影風景。出演者たち

 シーンのカット割りや出演者への演技指導は監督だけでなくスタッフ全員で行う。1カットごとにかなり綿密にセリフと演技を検討し、ダメを出し、セリフを直す。それぞれの知識知恵体験経験を寄せあってフレーム内(画面)を充実させていく。そんなふうにていねいに撮影は進んでいく。だから時間がかかる。カメラが回っている途中で電車の走行音が侵入してきてNGになる場合もある。ロケセットにはありがちなことだが、ビルマの田舎に電車を走らせるわけにはいかない。11時頃からはじまったシーン53の撮影は午後2時をすぎてもやっと半分だ。そのあたりで昼食になったが、その間、スタッフとキャストのおとなはもちろん、こどもたちも撮影に夢中になっていて、ダレた雰囲気はまったくなかった。

 昼食後の休憩時間に、これまでに撮影した映像を部分的に見せてもらった。江戸川の川原を母国の川の川原に設定して、サイクロンンの死者の葬式をする場面があった。カメラ位置、ちょっと俯瞰めからの葬列のショットはなかなか見事だった。「ロケ場所の、地形的情景的には問題なかったが、みんな仕事をもっているので、大勢をいっぺんに集めるのがたいへんだった」と監督は笑った。じっさい、首都圏在住ビルマ人の友人知人そのまた友人知人を総動員の撮影であるようだ。おなじ川原での、兵隊と民主活動家の格闘シーンなどアクション・シーンもある。――映画『かなしみの川』(仮題)は、江戸川のほとりで撮影された劇60シーンと、サイクロンの実写映像や民主化運動の記録映像をまじえ編集して1本の作品になるという。完成が俟たれる。

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