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眼の記憶08

第10回 ベンガル語の「ジョン・ヘンリー」
2008.5.10

 例年、4月下旬から5月初旬にかけては、メーデー、憲法記念日、こどもの日などにかかわる集り、催しが連続してあります。新緑が濃くなり初めるこの時季に、人の交わりもまた、これらの集会を通して新たな色合いと深まりを重ねていきます。身も心もリフレッシュする季節です。「自由と生存のメーデー08」や「9条世界会議」にはここではふれませんが、わたしもいくつかの会合、イベントに参加しました。そのひとつに、4月29日に行われた『移住労働者のメーデー』があります。

 ことしで18回を数える、『移住労働者のメーデー』(主催・APFS=ASIANPEOPLE’S FRIENDSHIP SOCIETY/APFS労働組合)は、参加者こそ約100人とすくなかったものの、フィリピン、ビルマ、バングラデシュ、中国などの国・地域からの移住労働者と、不当解雇撤回をたたかっている日本人労働者、移住労働者の活動を支援するボランティアなどの交流があって印象的な集いとなりました。在日する外国人との共住共生は、地域社会での協同が必要ですが、労働現場での共闘と相互扶助も重要なことを、この小さなメーデーは教えてくれました。

 集会の基調報告に、「非正規滞在者をふくむ移住労働者が置かれている状況がどんどん悪化している」、それを乗り越えるには「日本人非正規雇用労働者との連帯が必要だ」というアピールがあって、共感しました。それはかんたんなことではなく時間もかかるでしょうが、はじめられるところからはじめていかねばなりません。たしかに、移住労働者と日本人非正規雇用労働者は、ともに低賃金と劣悪な労働条件(不当解雇、賃金未払い、労災隠し)など、置かれている状況が共通しています。ともに<使い捨て労働力>としてしかみられていないところも共通しています。しかし、日本人非正規雇用労働者も、移住労働者も、安価な単純労働力、資本の都合による調整弁などではなく、彼らはこの列島社会にとって真に必要な労働者であることはいうまでもありません。

 集会終了後の懇親会では、フィリピンのバンブーダンスやビルマの民族舞踊、バングラデシュの音楽などがネイティヴの人たちによって披露されました。日本国内で、音楽を通してバングラデシュの文化を紹介するカルチャー・グループ「ウットロン」(民族楽器奏者と歌手の10数人のグループ)が歌うフォークロアの数々、とくに恋愛相聞歌は美しい女声で会場を魅了しました。そして、労働者の祭典らしい歌をじつに久しぶりに聴きました。アメリカ合衆国の労働歌『ジョン・ヘンリー』です。ジョン・ヘンリーは、19世紀の労働者階級の伝説的な存在です。モデルとなった何人かの人物はいたようですが、当時の苛酷な労働のなかから庶民が生みだした物語の黒人労働者です。

 ジョン・ヘンリーは、鉄道のレールを固定するための犬釘をハンマーで打ちつける鉄道工夫でした。彼は力持ちで熟練したハンマー打ちでした。蒸気ドリルが開発され工夫の肉体仕事にとってかわろうとしたとき、ジョンは蒸気ドリルと岩に穴をあける競争をします。壮絶な勝負の末にジョンは機械に勝つのですが、ハンマーをにぎったまま疲労困憊して死んでしまいます。苛酷な労働に殺されたとも、機械文明に殺されたともいえるこのヒーローは、昨今では、肉体労働者が技術の進歩とたたかう無益さの見本のようにいわれていますが、果してそうでしょうか。「ジョン・ヘンリーは最強のたがね打ち でも倒れた でも倒れた 俺の行方も同じ」。ジョン・ヘンリーと現代の非正規労働者や移住労働者。40年以上まえにハリー・ベラフォンテのアルバム(「Belafonte at Carnegie Hall」)で聴いた「ジョン・ヘンリー」を、メーデーの日におもいもかけずベンガル語で聴いたのでした。

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