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コラム「Circuit 06」青池憲司

第5回 ソンユルとスジンとシュウジ
2007.2.27

 ひさしぶりに大久保のこどもたちのことを書いてみたい。「現代学校運動JAPAN」という教育運動グループがあって、縁あって、わたしもそのグループの一員なのだが、その学習会で大久保小学校(東京都新宿区立)の話をした。この学校のなによりの特徴は、両親が外国籍、あるいは両親のどちらかが外国籍で一方が日本籍というこどもが、現在、全校児童約130人(各学年1クラス)の半数ちかくを占めていることである。わたしがここのこどもたちを撮影(NHK番組『国際化の中の教室』)したのは2000年の第1学期で、そのころは、外国籍児童の割合は3割くらいだった。タイ、マレーシア、フィリピン、台湾、韓国などアジアのこどもたちがいた。外国籍児童の数は年々増えていて、いまではもう5割ちかくになっている。大久保・百人町と歌舞伎町を校区にしているこの学校ならではの多民族で多文化な児童構成である。

 大久保小学校で学ぶ外国籍児童のみんなが日本語に習熟しているわけではもちろんなく、そのために、高学年の児童にはクラスでの授業のほかに、「日本語教室」と「日本語適応指導」の教室が設けられている。前者は、日本語を基礎から学習する教室で、専任教師によって行なわれ、こどもの習熟度によって、クラスでの授業が理解できるようになるまでつづけられる。後者は、異なる生活環境と学校環境のなかで、習慣や日常の生活ことばを学ぶ教室で、先生は児童と同国人の主に留学生が務める。低学年には、クラスの授業にやはり同国人の留学生が補助の先生としてつく。

 4月新学期、韓国人のソンユルが6年1組に編入学してきた。かれは、3月に父親の転勤で家族といっしょにソウルから東京へきたばかりである。日本語の読み書きはまったくできない。ソンユルは、「日本語教室」と「日本語適応指導」教室の取り出し授業で日本語を学ぶが、クラスではどうなるか。日本語で進行する授業は当然ながらいまのソンユルには理解できない。かれの表情から察するに、その心も身体もふわふわと教室を漂流しているかのようである。担任のK先生は、学習時、ソンユルへの声かけを多めにするとともに、おなじ韓国人児童のスジンを隣同士の席にして、勉強および自分とのコミュニケーションの、いわばサポーターとした。スジンは韓国企業東京駐在員の父親・家族といっしょに日本へきて、3年生から大久保小学校に通い。日本語は上達している。K先生としてはうってつけのコンビと考えたのだろう。ところが、これが思惑違いというか裏目に出た。
 
 授業中に、ソンユルがスジンに「いま、何の話をしてんの?」といったふうに訊く。かくかくしかじかとスジンが答える。はじめはていねいに、そのうちらんぼうに、ときにはぞんざいに。ソンユルもそんなにうるさく頻繁に質問するのではないが、スジンとしてはだんだんメンドクなってくる。それはわかる。通訳ってエネルギーいるもんねえ。そんなある日こんなことがあった。K先生がソンユルに質問する。スジンが韓国語でソンユルにつたえる。そのときスジンはソンユルの耳元で内緒話をするかのようにポソポソと話す。うまく聴き取れないソンユルが、えっえっと何回も聞き返す。クラスのみんながふたりに注目し聞き耳を立てる。スジンはとつぜん、もうやだとばかりに口を塞いでしまう。(のちに、なんで内緒話みたいに小声で通訳したの? とスジンに訊くと、かれは、自分がしゃべる韓国語をまわりのだれにも聞かれたくなかった、と答えた。スジンは、それまで、級友たちのまえで韓国語を話したことがなかったのだ)。そんなことが何回かあって、ソンユルとスジンの間はギクシャクしてくる。そこで、K先生はふたりの机を離した。
 
 つぎにソンユルが机をならべたのはシュウジである。ふたりの様子を見ていると、シュウジは、しきりにソンユルに話しかけている。ことばに興味があるようだ。とくに文字(ハングル)を知りたがる。ハングルのかたちに好奇心を刺激されている。シュウジは自分の名前を周司と書いて。ハングルに直せとソンユルに身振り手振りで迫るのだが、どっこいそれは通じない。ソンユルは漢字を読めないし、シュウジは周司を韓国語で発音できない。  
そこで、スジンが引っ張り込まれる。抵抗しつつもスジンは周司をジュサと発音し、ソンユルがそれをハングルにする。3人の日韓ことば交換の対象は。教室にあるいろいろなものにおよんでいき(いやがりながらのスジンも乗ってきて)、黒板、机、椅子、ランドセル.教科書、鉛筆、etcのことばがとびかった。そして、日韓だけでなく、日中、日タイ、日タガログ、日マレーのことば交換に発展した。交換は交感になりさらには交歓となった。
 
 日本の学校なのだから日本語でしゃべらなくては・・・・という雰囲気がなんとなくあるなかで、教室や校庭での異言語キャッチボール(悪球を投げるヤツもいて、ときに諍う)は、母語をつかうこどもにも、クラスメートがつかう母語を聞くこどもにも、インタレスティングな体験であったにちがいない。授業時間外の一種のことば遊びが、こどもたちのそれぞれの輪郭のちがいをそれぞれに自覚させていったのではないか。それが、仲間のもつアイデンティティの多様性に気づき、みとめあっていく一歩になったのではないか。こどもたちの他者へのまっすぐな好奇心がぶつかりあってつくりだす世界に期待しよう。 

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