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コラム「Circuit 07」青池憲司

第41回 ハルハ紀行日録(17)/戦場東岸へ
2007.11.3
写真1 ハマルダワーから見たスンベル村の一画

 8月1日。いま、10時30分、これから、ハルハ河を渡って対岸(戦場東岸)へ行こうとしている。そのためには、戦勝記念塔のあるハマルダワー(峠)を下り、いったんスンベル村へもどることになる。村を抜けながら、ハルハ河戦争博物館館長のネレバートルさんにあれこれ訊く。村の人口は3400人。ここには11年制の学校があって生徒数は500人。生徒は村民のこどもだけではない。草原のあちこちに散らばったゲル集落のこどもたちもいる。彼らは、ゲルから通学することはできないので(50km、100kmと離れているのだ)学校の寄宿舎に入っている。でも、いまは夏休みなので帰省している。モンゴルの教育制度のことをもうすこし書くと、義務教育は8年で、その上の教育が2年の10年制だったが、ことしの9月から(9月が学年始めである)11年制になるそうだ。義務教育が1年ふえるのか、その上の教育が1年ふえるのかは聞きもらした。いずれにしても、11年を終了すると大学受験資格をえられる。
 
 村は、車で10分もあれば通りすぎてしまうほどのエリアだが、スンベル村は、軍事、行政、教育、経済など、この地方の中心地である。4、5階建ての公共施設や集合住宅などが数棟建っている(写真1)。小規模だが火力発電所がある。前回にも書いたが、国境警備隊員と家族のための官舎がある。目抜き通りには銀行、スーパーマーケットがある。村民の住いの多くはレンガ造りの平屋である。柵囲いの敷地のなかに木造の家とゲルがいっしょに建っているところもある。そんなまち並み家並みを見ながらプルゴンで村を移動して行き、それが途切れるあたりにきたとき、既視感というか、既往感というか、かつておなじような風景のなかに身を置いたことがある、という感覚がつよく迫ってきた。それはおととい(7月30日)からはじまっていた。チョイバルサンの、「ハルハ河博物館」(ジューコフの家)を訪ねたときのことだ。館内の見学を終えて外へでて、つよい日射しのなかの集落を見た瞬間に、その感覚はやってきた。わたしがそのとき見たのは、ここでチョイバルサンのまちが終って、そこから草原がはじまるという「町外れ」の風景であった。それは、なんのへんてつもない、どこにでもある風景にすぎない、といえばいえる。

 そうであるにすぎないのだが、しかし、まさにそれゆえに、わたしはかつてここにいた、という想いは増幅されていく。この風景は、ナイロビ(ケニヤ)の町外れではないか、アランヤプラテート(タイ・カンボジア国境)の町外れではないか、ペシャワール(パキスタン・アフガニスタン国境)の町外れではないか、と撮影で訪れた地へ繋がっていく。あるいは、グラウベル・ローシャの監督した映画『アントニオ・ダス・モルテス』のブラジル北部の町外れへ、チェ・ゲバラの日記に書かれたボリビア山中の村外れへ、と想念は開かれていく。たぶん、わたしは、町外れや村外れなど、ふっと人の気配が稀薄になり、といって、いまだ自然が濃厚にはならない境域がすきなのであろう。そんな風景にぶつかると気持ちがざわつく。ある事物がフェード・アウトし、次の事象がフェード・インしてくる黒にちかい画面の領域にこそつきせぬ興味がある。

写真2 ハルハ河にかかる橋
写真3 ハルハ河(中の陸地は中州)
写真4 光る河のこどもたち

 スンベル村を北へ抜けるとハルハ河にかかる橋がある。コンクリートの橋である。その手前で車を下りて歩いた(写真2)。名前はない、日本人はすぐに名前を訊きたがる、とネレバートルさん。橋上から見晴るかすハルハ河の水は深い青を湛えている(写真3)。澄にして冷かつ涼を感じさせる流れを、こどもたちが喚声をあげて渡っていった(写真4)。
 ハルハ河戦争(ノモンハン事件)当時のこの河を、シーシキンは次のように書いている。「ハルハ河は、全戦域を、前線と平行に流れている。河幅は一二〇―一三〇メートル、水深は二メートル、場所によってはそれをこえる。流速は、秒速〇・八メートルである。流域は、幅一キロから三キロの深い凹みになっており、ところによってつよい沼地性である。流域の北東の岸は、傾斜は二五―三〇度、西岸は場所によっては七五度に達する。」(『ノモンハンの戦い』岩波現代文庫)。68年後のいま、わたしが見ているおなじ河は、戦争(事件)時とくらべて、その容貌がおだやかになっているようだ。

 伊藤桂一さんの戦場小説『静かなノモンハン』(講談社刊)でこの河は、「『ハルハ河で水浴ができたらなあ』/というのが、だれもの願いだったのです。ハルハ河は、とてもきれいだし、魚も泳いでいます。日本のイワナによく似た魚が多いのです。」(『二の章・小指の持つ意味 小野寺衛生伍長の場合』)と描かれている。
 ハルハ河を渡って日本軍がノロ高地と呼んだ草原へ。





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