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コラム「Circuit 07」青池憲司

第27回 ハルハ紀行日録(3)/ウランバートルまで
2007.8.20

 7月26日。まだ、北京首都空港にいる。フライトまで約1時間半。チェックインをすませ搭乗開始までのこの時間がわたしはすきだ。目の前を行き交う、旅する人たちの身振り手振りを眺め、ことばと声を聞く。ことばの意味はわからなくても気分はつたわってくる(と、勝手に思う)。ときどき、メモの整理をする、あるいは、読書をする。むかしは煙草を喫う時間でもあったが隔離室に閉じ込められるようになってその習慣は棄てた。吉郎くんは荷物をわたしに預けて出発ロビー全域の探検にでかけている。つれあいは、さてどこへやら? この人は、何も告げずにどこかへいなくなってしまう癖があって、いつもそれが旅のさなかに諍いの種になる。まあ、このフロアのどこかにはいるだろう。

 「ノモンハン事件」(ハルハ河戦争)関係の著作から、旅へ持参した数冊の本のページを繰る。復習と予習である。ノモンハン事件の著作は、元兵士の戦場日記や手記をはじめ、小説、記録文学(ノンフィクション)、評論、エッセイ、戦史、研究書など、日本語で書かれたもの、日本語に翻訳されたものを数えるとその件数は膨大である。わたしが読了したのは、ほんのわずか、両の掌にのるほどにすぎない。フライトまでの待ち時間を利用して、先行者の著作からわたしなりに「ノモンハン事件」(ハルハ河戦争)の推移を整理してみたい。(このコラムを書くうえで参考にさせていただく表現物に関しては連載最終回に著者名、書名、紙誌名などをまとめて明記します)。

 「ノモンハン事件」(ハルハ河戦争)は、日本(満州国)とソ連(モンゴル人民共和国)との国境線争いであることはすでに書いた。日本(満州国)はハルハ河を国境といい、ソ連(モンゴル人民共和国)はハルハ河を越えた東方約20キロメートルの地点をそれと主張した。ホロンバイル草原と呼ばれるこの一帯は、標高730メートルから800メートルのなだらかな起伏がつづく波状台地である。戦略上はほとんど無価値のようなこの土地で、日本軍(関東軍)とソ連極東軍の情勢が緊迫するにつれて小戦闘が頻発する。それが本格戦化していったのは1939年(昭14)5月10日以後のことである。両軍ともにこの交戦を「敵が侵入してきたので損害を与えて撃退した」と述べている。

 そのご、戦闘はさらに拡大し、5月21日に日本軍は大規模な攻撃を開始した。出動した兵力は、満州国軍騎兵464人をふくむ2082人であった。ソ連軍も部隊を送り込み、25日にハルハ川東岸に入った。その兵力は、モンゴル軍第6騎兵師団の約250人をふくむ約1450人、装甲車39輌、自走砲4門を含む砲14門、対戦車砲6門であった。ソ連は、歩兵と騎兵の数はすくないが、火砲と装甲車両では、日本軍の山砲3門、速射砲3門、装甲車1台を上回っていた。ハルハ河の東岸で行なわれた戦闘で、日本軍は、世界最強と自負しているがまったく近代化されていない戦力を露呈し、大和魂で思考停止に陥った上級将校の“敵ヲ知ラズ己モ知ラヌ”作戦の無能拙劣さを暴露し、指揮官の判断能力のなさなどもあいまって、ソ連(モンゴル)軍に完膚なきまでに敗れた。「日本陸軍という巨大組織は、日清戦争以来、敗北の苦渋をなめたことがなかったため、内部から腐敗しはじめていた」と、津本陽さんは『八月の砲声』(講談社刊)で書いている。この5月10日から31日までの戦闘が第一次ノモンハン事件と呼ばれる。

 ウランバートル行きのモンゴル航空OM224便は定刻を30分遅れて21時40分に北京首都空港を飛び立った。機内食がでてワインを飲んだり本を読んだりしているうちに、23時30分、チンギス・ハーン空港に到着。年来の友人である洋子さんが出迎えてくれている。彼女はモンゴル在住通算2年超で、JICA(国際協力機構)のシニア・ボランティアをしている。洋子さんのアパートには、もうひとりの友人ひとみさんが待っていた。彼女のモンゴルとの付き合いは洋子さんより長く、最初に訪蒙したのは民主化まえのモンゴル人民共和国の時代だというから、かれこれ20年ちかくになる。彼女もひところJICAのシニア・ボランティアをしていたが、今回の滞在は私的なもので、洋子さんの家に居候しながら、ときどき、草原の遊牧民のところへ“牧人”をやりにいくのだそうだ。馬も乗りこなすし乳搾りも手慣れたものだという。われら3人とそんな彼女ら2人の再会(吉郎くんは初顔合わせ)を祝ってビールで乾杯。この5人が今回のモンゴル旅行の同行者である。朝7時半に羽田を出発して、関空、北京と乗り継いできた旅の初日がやっと終った。





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