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コラム「Circuit 07」青池憲司

第24回 中越沖地震
2007.7.25

 たかとりコミュニティセンター(TCC)の<たかとりメールマガジン>7月20日付に、3年前の中越地震から活動しているボランティア・グループの活動報告が載った。その冒頭に、「中越地震以来、温かく見守って支援いただいている皆様、いつも本当にお世話になっています。『また、新潟か』それが新潟県民の共通した叫びでした。試練なのか何なのかはわかりませんが、事実として中越沖地震は5日前に発生しました。現実として受け止めて行くこと、3年間、被災者と共に歩み、深く復興への表も裏の苦労も知っている分のつらさを消化し前に進むことには時間がかかりました」とあった。その新潟県中越沖地震で亡くなられた方が10人になった。すべて70歳を超えた人たちだ。そのうち9人は、倒壊した家屋の下で亡くなった。阪神大震災時の野田北部でも亡くなられた方の多くが高齢者で、やはり建物の倒壊による圧死だった。

 また、学校の体育館などで避難生活をおくる人たちの困難さも日が経つにつれ増している。昨夜、知人からこんな電子メールが入った。「今度の中越地震の被災地の支援で炊き出しをやっているグループから、毎日同じものになってしまうので、一週間ぐらい、ボランティアで料理人を探して欲しいという要請がきています。どなたか心当たりのある方、よっしゃ、俺が、私がという方がありましたらぜひご連絡ください。なお、お年寄りの方が圧倒的に多い地区で、一回300食ぐらいを作って欲しいということです。いま、現在はカレー、豚汁というメニューしかないので、なんとかならないか、という要請です」というものである。柏崎市などに設けられた約70か所の避難所でまだ2600人を超す人たちが避難生活をおくっている。

 忘れたころにやってくる、といわれた天災だが、ちかごろは、忘れる間もなくやってくる。さらに、地震は天災ではないことも明らかである。地震そのものは自然現象だが、被害の多くは人や社会の備えに問題がある場合が多い。地震にかぎらず、災害はその社会のもつかくれた欠陥や歪みや不備をあらわにする。阪神大震災でクローズ・アップされたのは、命を守るためには老朽化した家屋建物の改修と耐震補強をすること、だったが、それは、こんどの地震でも、いや、どの地震でも大きな課題となってのこっている。そして、中越沖地震が顕在化させたのは原子力発電所の問題である。東京電力柏崎刈羽原子力発電所。放射能漏れや火災事故など、60件余の被害とトラブルがあった。なんとも唖然呆然の防災体制であるが、なによりその防災意識の稀薄さ鈍感さに愕然とする。そもそも、建設時、直下に断層があることに気づかなかったという。

 日本地震列島の上に55基の原発が建っている。そのことの危うさについては当初から活発な論議があった。阪神大震災直後の神戸でもNGOグループが地震による原発事故の危険性をアピールする街頭行動が見られた。わたしは、95年2月の中旬に三宮や元町でそれを目撃している。その危険性がこんどの中越沖地震で現実のものとなった。20日の記者会見で柏崎刈羽発電所の高橋明男所長は、「原子力の固有の設備には問題は無い」とコメントしたが、作業体制の実態は、防災の基本である「自助」さえ行ないえていないのだ。


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