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コラム「Circuit 07」青池憲司

第12回 訃音
2007.4.24

 4月18日朝、バーバー・ローズこと林恵子(よしこ)さんが亡くなった。享年91。林恵子さんは神戸市長田区野田北部地区の住人で、このコラムにもときどき登場する、「さんぱつやハヤシ」の林博司さんのお母さんである。バーバー・ローズという愛称は、若かりしころの彼女が、おつれあいと一緒にやっていた散髪屋さんの名前からきている。まち(地域)の人たち同様、わたしも阪神大震災後の12年間、恵子さんをバーバー・ローズと呼んで親しくおつきあいさせていただいた。

 バーバー・ローズの訃報は野田北部のせっちゃん(河合節二さん)から届いた。電話の声が「バーバー・ローズが・・・・亡くなりました」といった。瞬間、その声が遠のいて、わたしは絶句した。不意打ちだった。この12間、ついぞ、彼女が病んだという話はきいたことがなかったし、1月17日に会ったときも元気におしゃべりをして、ことしもよろしく、と挨拶を交わし、いつものように冗談をいいあって笑った。それが、わたしが彼女の顔を見たさいごになった。せっちゃんの声が受話器にもどってきて、それに応答しながら窓の外に眼をやると、雨が降りだした。せっちゃんに礼をいって電話を切り、ベランダに出て、とつぜんの雨をしげしげと眺めた。それから、スタッフ(千葉景房、村本勝、青池雄太)に訃報をつたえた。

 バーバー・ローズは、じつにざっくばらんな人柄で、話し好き、それも話題はいつも多岐に渡って盛りだくさん、なにより話相手を愉快にする人であった。わたしは、彼女とお喋りをしていて、その好奇心のつよさに驚かされ、人の意表をつく話しっぷりに、たじたじとなることがしばしばあった。撮影でインタヴューしたときも、話は、阪神大震災からアジア太平洋戦争末期の神戸大空襲へとさかのぼり、敗戦、進駐軍と戦後闇市の時代、三宮から鷹取へ、お店「バーバー・ローズ」の思い出、そしてふたたび阪神大震災にと、彼女の語りは縦横無尽にとびかってとどまることがなかった。

 「戦争中の神戸大空襲のときは、だれからもどこからも救援の手はなかったが、こんどの震災では日本中の人がわたしたちを助けてくれている。だから、あのときにくらべたらすこしもしんどくはない」と語っていたバーバー・ローズの表情と声が、わたしの記憶のなかによみがえってくる。戦争と地震の破壊、空襲と震災の焼け跡、そしてそこからの家族の再生。1945年と1995年、50年の時間をはさんでふたつの大きな困難を、彼女は乗り越えてきた。困難だけではなくふかい悲しみにも堪えてきた。――阪神大震災後の被災地で、わたしは多くの人たちに出会い、さまざまな生きかたを学んだが、バーバー・ローズはそのひとりであった。生前のご厚情を感謝し、ご冥福を祈ります。

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