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コラム「Circuit 06」青池憲司

第1回 ことしの1.17は
2007.1.28
希望の灯と童女
▲希望の灯と童女

 ことしの1月17日は、前日に突発的な出来事があって、16日のうちに野田北部・鷹取へ入ることができず、翌朝5時46分の大国公園での黙祷を欠席せざるをえなかった。この12年間、毎年この日の朝の「たいせつなきまり」にしていたので無念。阪神大震災後の1.17をはじめて自宅でむかえた。
ふしぎなきもちである。おちつかない。昨夜寝るときは、「5時46分に被災地にいなければ意味ない。ことしはパス」 とほぼきめたのだが、目が覚めたら「やっぱり行こう」という気分になっていた。ガルシア・マルケス『わたしの悲しい娼婦たちの思い出』(木村榮一訳/新潮社刊)をバッグに入れ、野田北部まちづくり協議会へのおみやげとして近くの市場で半立の落花生を買い、新幹線に乗る。車中でマルケスを読む。滅法おもしろく巻置くこと能わず。小説の絶品。

 午後3時、野田北部へ入る。事務所の革張り椅子でせっちゃん(河合節二・野田北部まちづくり協議会事務局長)が眠っている。彼の1.17は、前夜からはじまっていて、翌払暁5時46分をむかえるための準備でほとんど眠ることがない。17日も午前中は来客の応対に終始する。したがって、午後は事務所での仮眠となる。起こさずに、「きたよ」とだけ声をかけて、ひろっちゃん(林さん)の散髪屋へ。この地で撮影をはじめて以来、そして、撮影が終了した1999年以降も散髪はずっとここである。ということは、2か月にいちど散髪するとして、年6回は鷹取へきていることになる。先客で村本勝(記憶のための連作『野田北部・鷹取の人びと』のスタッフ。映画編集者)がいる。彼もこの日には野田北部へやってくる。さいきん東京ではめったに会わないので、あれやこれや、あの人この人の話になる。さらに、ひろっちゃん、おくさんの澄子さんもまじえて、かつてこの地にボランティアでやってきた人たちの消息話で盛りあがる。まさに床屋談義である。

建設途上のたかとり教会
▲建設途上のたかとり教会

 午後5時、建築中のたかとり教会の新施設をちらっと見て(ことしの4月にはオープンするそうだ)、JR新長田駅前広場へ。「1.17KOBEに灯りをinながた」の会場。阪神大震災で亡くなられた方々の鎮魂と、生あるものの希望をこめた蝋燭を灯しづけて10年になる。地元住民やNPO/NGO団体、市民グループなどがボランティアですべてを取り仕切っている。実行委員長のワダカンこと和田幹司さんに会う。
鷹取中学生徒の混成合唱
▲鷹取中学生徒の混成合唱
彼とは旧知の仲だが、ここ数年は毎年1回この日この場所で会う震災復興活動の友である。「年々、実行委員会に参加してくれるボランティアは増えているが、財政は年々きびしくなる」といって呵々大笑した。めげてはいない。長田の男である。志が大きい人は財布が小さいのだよ、いずこも。午後5時30分、鷹取中学の生徒100人による合唱で、「灯り」行事はスタートした。歌われた合唱曲はいずれもきもちをゆったりとつつんでくれる素晴らしい歌だった。鷹中の生徒諸君ありがとう。5時46分に黙祷して点灯開始。200人ちかい老若男女が蝋燭に火を点し手を合わせた。

 会場で会った人たちは、FMわぃわぃの日比野純一さん、金千秋さん、ツール・ド・コミュニケーションの村上桂太郎さん、多言語センターFACILの吉富志津代さん、僧侶の明石さん(住職でわぃわぃの番組DJもやっている)、野田北部の高木良行さん(わがサイトの巻頭を飾る絵師)、デーヤン(かつて鷹取救援基地で活躍した)、柴田大輔くん(震災当時小2で、『野田北部・鷹取の人びと』に登場する)、
ことしも希望の灯が点された
▲ことしも希望の灯が点された
近畿タクシーの森崎清登さん(地元商店街といっしょにまちづくりに参加し、高齢者や障害者など移動に制約がある人のニーズに応えるユニークなタクシー会社の社長)。彼らはみんなボランティアとして「灯り」行事に参加している。この人たちと会って近況を話し合うのもここへくるたのしみのひとつである。被災地KOBEでのわたしの新年がはじまった。

 午後6時30分、住吉川近くの喫茶店「花ろっじ」へ。天津・唐山を訪ねた「日中交流・復興クルーズ2004」でごいっしょした石井マス子さんのお店である。ここで、石東直子さんと合流して、3人で鍋をかこんで一杯やろうという魂胆である。石東さんは、震災後のKOBEに公営のふれあい住宅(コレクティヴ・ハウジング)を建設する活動を推進したグループのリーダーである。訪中団の団長でもあったが、出発直前に胃がんを宣告されて旅の同行は断念された。いまは元気になられ、がんファイターを名乗っている。酒食がすすみ話が弾んでくると、クルーズ同行の誰彼を呼ぼうということになって、そのごに同席同飲同食したのは、到着順に、小林郁雄さん(都市計画プランナー)、室崎益輝さん(消防庁消防研究センター所長)、吉田ノブさん(御蔵にあるまち・コミュニケーションのスタッフ)、谷口聡くん(保育士養成の専門学校へ通っている)。酒餐話宴は深更までつづいた。

 ことしの1.17に被災地で会った人たちは、年齢のちがいはあれど、いずれも阪神大震災後の濃いおつきあいの人たちである。ありがとう。そうだ、8年ぶりにヨーコにも会った。次回はヨーコのことを書こう。

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