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コラム「Circuit 06」青池憲司

第5回 隣人ソウソウミン母娘
2006.2.20

 

ソウソウミンさん(左)とミンソウセイさん
▲ソウソウミンさん(左)とミンソウセイさん
Photo:江原幸壱

いつものように、近所のアパートに住む小学5年生の女の子が元気に登校していく声をきき、しばらくして、女の子の母親が勤めにでかける姿を見た。ここ何年もかわらぬ朝のひとときである。しかし、けさはその光景を見ることも聞くこともなかった。それから何日かして、女の子と母親の姿が見えないことにあらためて気がついた。どうしたのか。引越したのか。いや、そんな気配はなかった。女の子は地元の小学校に通っていたし、母親もきまった職場でまじめに働いていた。その母娘はアジア系外国人で父親の姿は見えなかったが、ふたりは、地域にも学校にもよくとけこんでいた。周りの人たちに事情をきいてみると、母親は入管法違反で突然逮捕され東京入国管理局に収容された。彼女の収容中、女の子は児童相談センターの一時保護所に預けられ通学もままならない状態だという。そして、母親には退去強制の手続きがとられつつある。――こんな出来事が新聞の紙面やTV画面のなかではなく、自分の隣近所や親しんでいる地域で起きたら、あんたはどうするか、と自称大久保の探偵、便利屋稼業のヤクモに訊かれた。(ヤクモについては、お手数でも、旧コラム『眼の記憶』の第9回〜11回あたりを読んでいただきたい。素性の一端がおわかりいただける)。

 ヤクモとひさしぶりに新大久保駅脇のロッテリアで会ってその話をきいたのは、この正月、まだ松がとれないころのことである。わたしは即座に「サンドラ母子を支える会」(後述)に合力することにした。以下、同会が作成公表した資料から、ヤクモに、あんたはどうするかと訊かれた出来事の経過をたどる。

 ミャンマー国籍の女性ソウソウミンさん(52歳、愛称スージー)は、娘のミンソウセイさん(11歳、愛称サンドラ)と新宿区内に住んでいて、母は、1992年に在留資格「短期滞在」で来日し、滞在期間がすぎても日本国内に留まった。娘は94年に日本人の父親との間に生まれたが、その男は、ソウソウミンさんが妊娠を知らせるまえに姿を消し、現在に至るまで消息不明だという。しばらくして、ある事情から母子の生活相談にかかわることになった、地域に密着して生活困窮者の支援を行っている市民団体「スープの会」のメンバーが同行して、ソウソウミンさんは新宿区役所の総合相談室などを訪ねた。自ら超過滞在状況にあることを申し出、出生届や外国人登録、公立保育園入園申込みの手続きをした。彼女と同行者は、外国人登録証をえたこの時点で、実質的に在留が許可されたものと受けとめた。そのご、彼女はホテルの厨房や弁当屋で働き、区役所からの通知がくるたびに外国人登録の更新をつづけてきた。それなりに安定したつつましい生活のなかで、娘ミンソウセイはいま新宿区立大久保小学校の5年生になっている。

 その生活が壊れたのは2005年11月5日のことである。この日、ソウソウミンさんは職場へ行く途中に三田警察署警察官に職務質問を受け、そのまま逮捕された。そのために、母と娘は入管と児相に別れ別れに収容されてしまう。ふたりにとっては、突然ふりかかった災難である。知らせを受けた「スープの会」を中心に、APFS(アジアン・ピープルズ・フレンドシップ・ソサエティ=日本に住む外国籍住民と日本人とが隣人として共に生き、助け合うことを目的に活動している市民グループ)、共住懇(大久保を拠点に、グローバル化のなかで変貌する地域社会の新しいあり方を追求している市民のボランタリーグループ)と弁護団プラス個人有志で構成する「サンドラ母子を支える会」(サンドラは娘ミンソウセイさんの愛称)が組織され、ただちに救援活動を開始した。

 東京入管に収容されていたソウソウミンさんは、退去強制の手続きが取られるなか、一貫して、母娘での日本国内居住を望み「在留特別許可」(在特)をもとめた。しかし、収容期限の60日間を経過しても東京入国管理局長は在特許可の裁決をだすことができず、06年1月17日にソウソウミンさんの2か月間の仮放免を認めた。ミンソウセイさんも家にもどされ、ふたりの生活が再開した。法務省案件として取り上げられることになったこの事例は、
1) これまで在特が認められたケースより子どもの学年、年齢が低い。
2) 出頭申告ではなく摘発先行型である。
3) 生活が不安定な母子家庭である。
4) 父親が日本人であることは立証できていない。
などの理由で、在特許可が認められるか否かの弁護団の判断は微妙であった。

 上記のように、これまでにない厳しいケースであったにもかかわらず、1月20日の「支える会」と法務省との交渉を経て、2月10日に在特許可がでた。その間には、ミンソウセイさんの同級生の保護者の骨身を惜しまぬ親しい援助活動があり、「支える会」の救援活動(母娘の在特取得署名やインターネットを通じてのアピール)があった。母娘本人たちのがんばりと、地域や学校、専門家、支援団体の連帯した活動が正しい結果を導きだしたといってよい。弁護団は、この成果はその判断基準に関して大きな意味をもつ前例となり、今後、在特をもとめる非正規滞在者に多大な影響をあたえるだろう、としている。

「ソウソウミン、ミンソウセイ、おめでとう」の集り
▲「ソウソウミン、ミンソウセイ、おめでとう」の集り
Photo:江原幸壱

 2月15日、「ソウソウミン、ミンソウセイ、おめでとう」の会が大久保地区で開かれた。ソウソウミン母娘の13年余にわたる、新宿区内の定住者としての、地域の一員としての生活態度をみれば、在特が下りることはきわめて当然のことだが、まずはなによりふたりの再出発を祝おうという会であった。ソウソウミンさんは「塀のなかで落ちこむこともあったが、外の人たちのうごきに力づけられた。娘のために祈った」と語り、ミンソウセイさんは「おかあさんといっしょになれて、それがうれしいと」と笑顔になった。急な集りで参会者は約20人。「サンドラ母子を支える会」事務局長の今関仁さんは「会場の人数はすくないが、わたしたちのうしろには多くの志がある」と述べ、インターネットを通じてのさまざまな活動の事例を報告した。APFSの山口さんは「在特をかちとれたのは、ソウソウミン母子が地域と密着していたこと、支援活動の初動が早かったことの2点」と分析した。地元近隣に住む女性は「わたしたちは、地域の小学校に通う子どもたちを日本の将来を担う世代だと大事にしているが、ミンソウセイちゃんだって、ほかの外国籍の子どもだって、日本にとってかけがえのない次世代なのだ」と語った。同感である。

 いま、日本国内の非正規滞在者は約20万人、そのうち8千人から1万人が子どもだという。ソウソウミンさんとミンソウセイさんの「在留特別許可」を一過性の特例ではなく、非正規とはいえ、勤勉に働く外国人の当然の権利として普遍的なものにしていく活動が大久保地区からもはじまる。そんな予感と決意の会だった。
 

*関連リンク

  • サンドラ母子を支える会
    ブログ版 http://sandrass.exblog.jp/
    ホームページ版 http://www.geocities.jp/nojukusha/sandra/support_flame_index
  • スープの会
    http://www1.odn.ne.jp/soup1994/
  • APFS(アジアン・ピープルズ・フレンドシップ・ソサエティ)
    http://www.jca.apc.org/apfs/
  • 共住懇
    http://www3.osk.3web.ne.jp/~kyojukon/
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