小林伊三郎さんが亡くなりました。小林さんは神戸市長田区の鷹取商店街で衣料品店を営んでいて阪神大震災に遭い、住いも店舗も焼失しました。わたしが、震災後の鷹取にはじめて入ったとき、まっさきに消息を尋ねた知人のひとりが小林さんでした。カトリック鷹取（現・たかとり）教会の神田裕神父の案内で避難先の長楽小学校を訪ねたが不在で、その日のその後、鷹取商店街の焼け跡のなかで地域の住民さんといっしょに活動する小林さんを見つけて再会しました。そのとき、わたしと村本勝は教会周辺の状況を撮影していて、小林さんにも短いインタヴューをしました。「40何年つづいた商店街がパーになってしまいました。でも、みんなでなんとかしますわ。ベンポスタの子どもたちにまた神戸へくるようにつたえてください」（『阪神大震災　鷹取教会からのビデオレターPART1』）。地震から11日め、1月28日のことでした。

　小林さんとわたしがはじめて会ったのは、震災の2年前、1993年の夏のことでした。わたしが91年に発表した、映画『ベンポスタ・子ども共和国』（幻燈社製作）が引き金となって、ベンポスタの子どもたちが演じるサーカスの日本公演を市民の手で主催したいという運動が起こりました。そのサーカスは、「強いものは下に　弱いものは上に　子どもはてっぺんに、そういう世界をつくろう」という理想をかたちにしたものでした。日本公演は、幾多の困難を乗り越えて全国6か所で実現し、すべて草の根的市民運動で行なわれました。そのひとつが神戸公演だったのです。関西の実行委員会のなかに神田さんがいて、神田さんが司祭を務める教会の近くが鷹取商店街で、そのときの商店会の代表が小林さんで、商店会が音頭をとってベンポスタ・サーカスの神戸公演を応援してくれて・・・・という繋がりが、わたしを小林さんに出会わせてくれました。

　公演は、8月中旬すぎにポートアイランドのワールド記念ホールで行なわれ、最終日の夜（それは日本全公演の楽日でもあったのです）に、商店会と、野田北部、旭若松地区の自治会や婦人会、子ども会が中心となって、「打上げの盆踊り会」を開いてくれました。場所は大国公園。ベンポスタの一行百数十人と地元の住民さんがいっしょになって、河内音頭や炭坑節、サルサの輪をつくったのです。それは、真夏の夜に出現したまことにファンタジックな時空間でした。日本・スペイン合同の盆踊り会のいわばプロデューサーが小林さんで、MCが、いまゴルフ界の還暦ルーキーと呼ばれる、当時商店街のカメラ屋さんの古市忠夫さんでした。その夜とこの地域の人びとのことは、わたしの記憶に忘れがたくのこり、阪神大震災の朝、ニュースを見聞してとっさに浮かんだのは、幾重もの盆踊りの輪をつくったあの人この人は無事でいるかということでした。

　その思いは、遠くスペインのベンポスタの人たちもおなじで、地震後の早い時期に、Takatoriは無事か？　という問い合せがありました。被災地の焼け跡のなかで小林さんと再会したとき、わたしは、ベンポスタの心配をつたえました。その返事が先述の「ベンポスタの子どもたちにまた神戸へくるようにつたえてください」になったのです。そして、小林さんの、ベンポスタ・サーカスの感動を被災地でふたたび、という願いは、翌96年秋に野田北部と旭若松地区住民が総力を挙げて取り組んだ、「復興まちづくりまつり世界鷹取祭」において実現しました。思い出の場所大国公園に、ベンポスタの若者たちがうたう「強いものは下に　弱いものは上に　子どもはてっぺんに」の歌声が響き復興をイメージする人間ピラミッドがつくられたのです。阪神淡路の被災各地から集った子どもたち観客といっしょになってよろこぶ小林さんの顔がまだわたしの瞼のなかにあります。

　ふりかえれば、そのころ（96年秋）は、小林さんが「鷹取東復興まちづくり協議会」の会長として心血を注いだ復興土地区画整理事業が試行錯誤と紆余曲折のすえに一段落して、仮換地指定がはじまり、住民個々人による住宅再建がうごきだした時期でした。区画道路の拡幅、ライフライン工事、震災後早い時期に営業を再開した鷹取商店街の仮設店舗の移転と取り壊しなどが同時進行し、風景がめまぐるしく変わっていった時期でした。95年3月に区画整理事業の指定があってからほぼ1年半、そこに至るまで小林さんの日々がいかに苦渋難行の連続であったかは、記憶のための連作『野田北部・鷹取の人びと』（全14部）に撮し取られています。わたしたち野田北部を記録する会（青池組）が鷹取を去ってからはあまりお会いすることもありませんでしたが、とつぜんの訃報におどろいています。小林伊三郎さん、享年78。生前のご交誼を感謝します。