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コラム「Circuit 06」青池憲司

第2回 060116-17 in KOBE(1)
2006.1.24

 2006年1月17日は、ことしもやはり、被災地KOBEにいた。阪神大震災からまる11年がすぎて、12年目がはじまる。この時期のKOBE行のたのしみのひとつに、震災後の日々をともにすごした人びととの再会がある。住民さんはもちろん、かれらを支援し復興まちづくりに尽力した諸分野諸職域の専門家諸氏、全国各地からやってきてボランティア活動にいそしんだ老若男女のみなさん、そしてこどもたち、などなどの人たちである。ことしもこれら大勢の“震友”たちと出会い、話し、呑んだ。

 16日(月)。午後、新長田。震災後の再開発事業で装いを新たにした大正筋商店街、その4番館の喫茶花梨で、ハ・ティ・タン・ガさんに会う。ガさんは、以前にもすこしかいたが、勤勉な生活者であり精力的な活動家である。彼女が代表を務める「NGOベトナムin KOBE」のうごきや、ヴェトナム人コミュニティの近況をきく。「いま神戸市と周辺に住むヴェトナム人は約1100人、そのうち55歳以上の人が60人くらいいて、高齢者の居場所をどうするかが現実的な問題となっている」という。難民としてやってきた年長者には88歳になる女性がいる。ガさんも20代のはじめにボートピープルとして日本にきて24年になる。「NGOベトナムin KOBE」はいまこの課題に積極的に取り組んでいる。在日ヴェトナム人高齢者の居場所――これはヴェトナム人コミュニティだけで解決できる問題ではない。この列島に住むわたしたちの社会全体の課題であり問題である。

 同日。同じアスタ4番館の2階にある「たかとりコミュニティセンター」(TCC)で、日比野純一さん(FMわぃわぃ代表)、吉富志津代さん(多言語センターFACIL代表)に会う。在日する外国籍青年たちと“先住”日本人青年たちのコラボレーションのあたらしい可能性について話す。わたしは、いま、震災後のKOBEに芽吹いた、ヴェトナム人や日系ブラジル人の若者たちの表現活動に関心をもっている。たとえば、以前紹介したMCナムのラップや松原ユミ、松原ユマのヴィデオ映像である。かれらの自己表出はこの列島の社会のかたちに直接、せつないほどの鋭さで突き刺さっていく。その切っ先の行方にしばし同行してみたい。

 同日夕刻、野田北部まちづくり協議会事務所へ。かんちゃん(ご存知!カトリックたかとり教会神父兼TCC代表の神田裕さん)がいる。村本勝(映画編集者/スタッフ)が東京からきている。まずは3人で近況近心境語りを展開。かんちゃん、昨年末に1か月の取材を受け1月初旬に放映されたNHKの番組(神戸局制作・全国放映)のできに憤ることしきり。「神田をダシにしてコミュニティの話を、という打合わせだったのに、コミュニティをダシにして神田の話にしてしまいよった」。わたしもたまたま見たが、まあたしかに、神田のまわりに集う日本人ヴェトナム人、老若男女、人はみな善人、かくて地域はきょうもほのぼのと暖かい、という趣のできではあった。そうこうしているうちに、散髪屋のひろっちゃん(林博司さん/野田北ふるさとネット本部長)がきて、四方山くっちゃべりの輪がさらにひろがリ盛りあがるが、いったん散会。

 同日夜、村本と地域の森下酒店へ。地元の人たちがモリシタと呼ぶ立ち呑み酒場でもある。震災直後、復興対策本部(野田北部まちづくり協議会)へ仁義を切りにいくとき、この店で買った土佐鶴2本を持ってでかけた。勤めがえりの客で賑わう店内に入ると、せっちゃん(河合節二さん/まち協とふるさとネットの事務局長)がいる。モリシタは毎日午後6時半以降、せっちゃんの常駐場所となる。わたしも鷹取へいくとかならず立ち寄る。デーヤンこと出口悟さんがあらわれる。デーヤンは鷹取救援基地で、全国各地から集ってきたボランティアの束ね人のひとりとして怒濤の3年間をおくり、そのまま鷹取人(モリシタ人)になってしまった。

 4人で鷹取商店街のお好み焼き「ふじもと」へ。ひろっちゃんと家族(お母さんの恵子さん、おくさんのすみちゃん、妹のハルちゃん)がいる。この人たちは、記憶のための連作『野田北部・鷹取の人びと』(全14部)にご登場いただいている。オノちゃん(小野義明さん/自治会とふるさとネットで活躍)がいる。新生屋のコーちゃん、セッちゃんの夫婦がいる。新生屋さんは商店街にある肉屋で、ここのコロッケは絶品である。撮影で滞在中よく食べた。わたしは女衆のテーブルにまぜてもらう。くつろぐ、なごむ、話がはずむ、酒がすすむ。ビールと芋焼酎。さっちゃん(出口幸代さん)があらわれる。さっちゃんは鷹取救援基地で、大勢のボランティアの食事を賄う炊事ボランティアの長として疾風の3年間をおくった。デーヤンと合わせて疾風怒濤の数年間であった。――こんな、震災の友の会のような雰囲気で、11周年前夜はいつかな終る気配がない。

 きょう出会った人だれの口からも、11年前のあの日の話はでてこなかった。しかし、だれもが、その胸内に、12年目のあの日への想いを高めているようだった。
(この項つづく)

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