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コラム「Circuit 06」青池憲司

第13回 社会のかたちを問う新しい力
2006.5.22
六甲

  Re:Cという、神戸市長田区のたかとりコミュニティセンター内にある、「子どもたちによる映像をつかった情報発信活動」グループのことは以前にもかいた。(コラム「眼の記憶」第2回をご参照あれ)。このRe:Cに集まるこどもたち、若者たちがつくったヴィデオ映像作品を観るのは、毎年わたしのたのしみであり、いつもワクワクする。2005年以前の作品を収録した簡易DVDが送られてきて、やはりワクワクしながら観た。そのなかから、松原ルマ ユリ アキズキさんの『レモン』と、チョ・スナさんの『「在日」でいることの意味』の2作品を紹介する。

 『レモン』の作者の松原ルマ ユリ アキズキさんは、在日日系ブラジル人3世で高校3年生(作品制作時は2年)。彼女は作品の冒頭で、「国籍はブラジル、見た目は日本人、わたしはブラジルで生まれて日本で育ちました。〜。まるでレモンみたい。外も中も日本人、絞っても日本人の汁しかでません。ブラジル人にあこがれる自分、なろうとする自分、ふりをしている自分がいます」と話しだす。自分は生まれたばかりのころ両親姉妹と日本へやってきて、ブラジルのことはことばも文化もなにも知らない、だから、家族のなかでちょっとういている気がする、と心情をもらす。そして、友人知人まわりのこどもやおとなたちに、「わたしは何人?」と質問してまわる。訊かれた側の彼や彼女からは、ブラジル人、日本人、日系ブラジル人、という答えがかえってくる。これはヴィデオ・カメラをツールにしたルーツさがしである。自分自身をみつめる作業の途中で、彼女は「国籍なんてわたしたちにとってなんの問題でもないかもしれません」と考える。その自問から自答にいたるプロセスがこの映像作品である。母親に「(自分が何人か)わかったら変る?」と訊かれて、彼女は「うーん、わかんない」と答える。何人であろうとも、いま「わたし」がここにいて呼吸していることのたいせつさを、じっとみつめている松原ルマ ユリ アキズキさんの姿勢のよさが、いとおしく、わたしたちにつたわってくる。
 
 『「在日」でいることの意味』の作者のチョ・スナさんは、在日コリアン3世の大学4年生(作品制作時は2年)。彼女は、小学2年生まで通名(日本名)でいたが、教科書の歴史事実の記述の誤りに怒った父親が学校に抗議し、そのときから本名を名乗るようになった。彼女の本名宣言は父親によって行なわれたのだが、この映像作品は、父にもらいし名前に作者が近づいていき真に自分のものにするまでの個人史であり社会史である。中学時代は「在日」を小さく(目立たないように)していた、高校生になって「在日」である自分と向き合いはじめた、と彼女はいう。「自分さがしの旅をしていくうちに本名で生きていくことにきめました」。大学生になり、名前を名乗るとクラスメートから、留学生? 韓国語しゃべってー、といわれたりする。韓国へ行けば、在日と知りながら通名で日本人と紹介されたりする。韓国人からみれば日本人、日本人からみれば韓国人、わたし自身も在日コリアンであることを無意識のうちに忘れがちになる、「そんな微妙な狭間を生きている」。在日の友人は、本当にしたい仕事を手に入れるためなら、日本の名前をつかって生きていくことも一つの方法、という。しかし、彼女はその道を採らない。「歴史の存在証明であるわたしたち在日が消えていくことで、本当の意味で歴史が消えていくように思います」。彼女は「いまある在日の問題から目をそらさない」といい、「在日3世としてのわたし、チョ・スナを生きていく」とむすぶ。チョ・スナさんの凛とした意志がわたしたちにつたわってくる。

 『レモン』と『「在日」でいることの意味』の2作品は、いずれも、自らのアイデンティティを尋ねるプロセスを提示している。それは、よくある自分さがしのパターンでもあるのだが、自分さがしの旅にありがちなセンチメンタル・ジャーニーに陥ってはいない。作者ふたりに共通する「在日」という環境がそれを許さないのと、両作品とも作者のしなやかな感性と論理の力が、妥協と感傷を拒否している。そして、なにより、在日日系ブラジル人として、在日コリアンとして、日本列島社会の新しいかたちを問うアクションがそこにはあふれている。 


*関連リンク

  • Re:C
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