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コラム「Circuit 06」青池憲司

第11回 On the Sunny Side of the Street
2006.4.30
▲新大久保の街頭にて

 わたしと、大久保の探偵を自称する便利屋稼業のヤクモは、新大久保駅改札をでて大久保通りを右へ向い、JRと西武線の線路をくぐってすぐ左手にあるロッテリアでよくコーヒーをのむ。ここはロッテリアの第2号店で、土地柄、客はアジアからの労働者が多い。かれらにまじって、かれらの声をききながらコーヒーをのむのが、わたしはすきだ。ヤクモといっしょのときはこの界隈の裏話がきける。「街頭に力あり、だね」と彼がいう。えっ、路上でなにかあったのか、とわたしは、広い窓越しに明るい大通りを見るがべつに変ったことはなにもない。いや、眼の先には、しばらくまえまで廃屋同然だった元パチンコ店が、いまはキッチュな装いに変貌していて、看板に“KOREA芸能広場”とある。これはなんだろう? いっぺん覗いてみよう、とおもいながら視線をヤクモにもどすと、かれは「街頭に力あり、だね」ともういちどいった。

 「パリ郊外で移民2世たちが不満を爆発させた昨年秋の<フランス暴動>、ことしになって、おなじフランスの『若者向け雇用制度』(CPE)に反対する全国デモ。アメリカ合衆国で『不法移民取締法案』に反対して西海岸から各地にひろがった抗議デモ。タイではバンコクを中心とする街頭行動がタクシン首相を辞任に追いこんだ。フィリピンでは改憲に反対する<ピープル・パワー>がアロヨ大統領の退陣をもとめている。ネパールでは国王の強権政治に対する抗議デモがつづいていて、外出禁止令にもかかわらず数十万人のデモ隊がカトマンズ周辺部の路上を埋めた。このように、世界各地の街頭で体制への異議申立て行動が頻発している。しかも、そこには多くの若者たちが主導的に参加している。若者たちが街頭へもどってきた」――ヤクモは一気にしゃべってコーヒーをのんだ。たしかにそのとおりだ、とわたしはうなずく。 

新大久保の街頭にて
▲夜の新大久保の街頭にて

 <フランス暴動>では移民2世の青年たちが車に放火する映像がTV画面に氾濫したが、それはもちろんたんなる暴挙などではなく、社会変革への自律的な意志をもった行動であり、かれらからする人への暴力行為は対警官をべつにすればほとんど無だったという。フランスのジャーナリストは、「若者たちはかれらに疎遠だった政治のなかに入ってきたのだ」(『現代思想』2月臨時増刊号)とこの暴動を評価している。ドビルパン政権のサルコジ内相に「社会のクズ」と呼ばれた移民青年たちのひとりは、「わたしたちの力で、わたしたちの社会を変えられると信じている」と語っている(NHKのTVドキュメンタリー番組でリポーターの姜尚中さんの質問に答えて)。ヤクモがいう、「この若者の発言をあまりにもナイーブなということはかんたんだが、事はいつも、こんなシンプルで美しい発想からはじまるのだね」。

 『若者向け雇用制度』(CPE)に反対するデモを先導したのは大学生と高校生である。若年失業率が23%にも達するフランスでは、26歳未満を雇えば2年は理由なく解雇できる、という新制度が法案化され、これに若者が反発抗議したのは当然である。3月23日の街頭デモでは全国で45万人の学生が参加した。ゲリラ的な抗議行動も頻発し、パリ市内に通じる幹線道路と路面電車の線路での坐りこみや、鉄道駅を占拠する騒ぎが連日各地でつづいた。若者たちのこうしたうごきに労働者も連帯して闘いを組織し、28日には大学生高校生労働者たち300万人が、全国でストやデモを繰り広げた。そのごも抗議行動は連日のようにつづき、4月10日にいたって、3か月ちかくにおよんだ紛争の末、ドビルパン首相は新雇用度の撤回を決めた。ヤクモはいう、「政府の完敗だね。社会を変える大きな力が街頭デモとストライキ(非暴力直接行動)にあることは昔もいまも変わらない」。

 「このところちょっとサボってるね、運動会」とヤクモはつづけた。わたしとヤクモはひところ<イラク戦争反対>のデモに参加して街頭を歩いたが、わたしたちはそれを運動会と称していた。「たしかに」とわたし。「運動会を再開しよう。まだまだフットワークは衰えていない」、ヤクモはそういって明るい大通りへ眼を向け、「魂にもヤスリをかけよう」と立ち上がった。


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