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コラム「Circuit 06」青池憲司

第10回 難儀やなあ
2006.4.11
▲ベトナムの空――メコン川にて Photo:青池憲司

 小田実の、小説『ベトナムから遠く離れて』全3部(講談社刊)を読み終えた。初読である。毎日読み進めていたのではないけれどかなり集中的に読んで3か月はかかった。作者が1980年に雑誌『群像』に連載をはじめて89年にそれを終えた、400字詰原稿用紙に、わたしの目分量で15,000枚はこえるであろうという大作である。そのことばの量と近頃の小説ではほとんどお目にかからない饒舌な文体に、読みはじめはてこずったが、ひとつの事柄をめぐって、ああもいい、こうもかき、ためつすがめつ、間断なくことばを繰りだしていく作法は、わたしの好むところなので、いったん小説世界に入りこんでしまえばあとは途中下車することなく最終行までいけた。この作品は、しかし、難儀な小説でもある。なにが難儀なのか。

 『ベトナムから遠く離れて』全3部は、1975年4月にヴェトナム戦争(抗米戦争)が終ってからの戦後史であり、ヴェトナム反戦運動の運動後史である。それはまた、1975年から80年代末へかけての日本社会世相史でもある。小説世界の時空の「時」はヴェトナム戦争の戦後を現在として、その戦中と戦前、さらにはアジア太平洋戦争の戦後・戦中・戦前もが登場人物のアクションとして現出する。アジア太平洋戦争の戦後は朝鮮戦争の戦中でありヴェトナム(抗米)戦争の戦前である。思えば、わたしたちはいつもどれかの戦争の戦中か戦前か戦後かのいつかを生きている。

 小説世界の時空の「空」は港都とよばれる都市で、これはだれが読んでもすぐ判る、神戸である。いや、小説を読むうえで神戸と判る必要はまったくない。港都とよばれる開放的な空間を磁場として、ヴェトナムはもとよりカンボジア、朝鮮半島のふたつの国、アウシュヴィッツなどが迫りだしてくる。それは、ヴェトナム、カンボジア、朝鮮半島のふたつの国、アウシュヴィッツなどのある時代を生きた人間たちが港都の現代に生活していることである。それらの時空を生きる(生きた)人間のかかえた問題が老若男女の立居振舞とことばになって立ちあらわれてくる。かかえた問題は、政治であり、社会であり、環境であり、セックスであり、病であり、家族であり、処世であり、金の稼ぎかた使いかたであり・・・あげていけば生きていくうえでの問題はきりがない。

 『ベトナムから遠く離れて』全3部が難解ではないが難儀な小説なのは、あげていけばきりがない生きていくうえでの問題を、すっかりひっくるめてトータルに表現しようとしていることにある。問題は、それぞれが単独に、政治問題であり、社会問題であり、環境問題であり、セックスの問題であり、病の問題であり、家族の問題であり、処世の問題であり、金の稼ぎかた使いかたの問題であり・・・であると同時に、そうではなく――それぞれが入り組んで、みんな、わたしのかかえた問題なのだ、と読むものに提示される。小説世界とそれを読むわたしの現実(ふたつながらわたしの現在である)との境界は消失してしまい、そこで、人はいやわたしは、難儀やなあ、とつぶやく。この作品を読みすすむうちに、わたしは何度、難儀やなあ、とつぶやきながら小説世界と己の現在位置を往復したことか。それぞれの問題をビニール袋に小分けにしてフリーズすることができればラクなのだがそうはいかない。問題はビビンパップ状態でチャンプール状態で、まるごと、わたしの問題として眼のまえにある。いや、その、ビビンパップ状態やチャンプール状態のなかに、わたしもいる。
 
 難儀やなあ、というつぶやき、ぼやきのことばを、わたしはKOBEでおぼえた。被災地の人たちは、精神的な困難にも物理的な障害にも、個人の悩みごとにも地域の揉めごとにも、難儀やなあ、とつぶやいて、心身を問題解決の方へとうごかしていった。そんなとき発せられる難儀やなあは、緊張感なく悲壮感なくましてや絶望感などない独白めいたおまじないのように、わたしにはきこえた。それは、硬強剛頑といった文字のもつ意味合いとは対極にある雰囲気のものであった。心身のうごかしかたも眦(まなじり)をけっして物事に立ち向っていくというのではなく、なんかこう端から見ていると集中力を欠いているように見えるけど、着実に事の次第を見極め縺れた糸の糸筋を解いていく趣があった。快刀乱麻を断つではなく、麻のごとく乱れた世態人事を揉みほぐしていく様子である。以来、わたしは窮地に立たされたときや難関に直面したときは、このおまじないを唱えながら問題解決へ向かっての一歩を踏みだすことにしている。

 そして、『ヴェトナムから遠く離れて』全3部は、難儀な在日を生きるヴェトナム人や韓国朝鮮人、日系ブラジル人など、アジアや第三世界の2世3世とレツを組んで、この列島の社会のかたちを変えていこうとするものにとって、劇しく示唆的である。


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