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コラム-わが忘れなば

第18回 ホーチミン・シティ―バンコク―鷹取(8)
2005.9.20

 (ホーチミン・シティにもどるまえに、先日の衆院選挙についてもう一言。議論の焦点を巧妙にはぐらかし、選挙民には二者択一の判断を迫り、即席速成の合意形成を促す。この小泉戦法に、野党は軒並み斬り切り舞させられてしまった。いや、そんな小泉に、いちばん、爪先立ちし顎があがってしまったのが有権者である。わたしとて、今回の選挙で政権交代があるとは考えていなかったが、それにしても、自民党にこれだけ圧勝させてしまったツケは、とおくない日に確実にまわってくる。生活は選挙の延長上にあり、その逆もまた)。

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 わたしの旅の基本的なスタイルは、まちに入ったらひたすら歩くことにある。目的のまちまでは公共交通(バス電車列車)で、タクシーはまずつかわない。まちに着いたら、あとはとにかく歩く。ホーチミン・シティの場合もおなじである。今回わたしが歩いた時期は5月の中旬だったから、4月30日を中心に行われた「祝サイゴン解放30周年」の式典やイベントの名残がまちのそこここにあった。街路にはアメリカ戦争(ヴェトナム戦争)勝利から30年を記念したスローガンの横断幕や垂れ幕、ポスターの類が取りはらわれずにあって、その下を、わたしは歩いた。宿をでるときにいく場所がきまっているまち歩きばかりではない、歩いているうちに行き先が浮かんでくることもある。よくいえばきまま、でもやっぱり、ナマケモノなのか。

 街路をいくと、ちょうど昼休み。ハイ・バ・チュン通りのビル建設現場では、建設労働者が歩道上にしゃがみこんでトランプ博打に興じている。しゃがむというのは、腰を落とし膝を曲げ尻を下げたかっこうである。いわゆるウンチング・スタイル(うんこ座り)である。上半身裸の労働者たちは足のあいだにヘルメットをおき、ヘルメットのなかにはしわくちゃの小額紙幣。トランプ博打は花札のコイコイとおなじである。そのまわりで、ギャラリーであるようなないようなおっさんたちが、これまたしゃがんでタバコをふかしながら世間話をしている。行く手をふさがれたわたしは、立ち止まって博打を見るともなく見ていたが、ヤヤあってかたわらにしゃがみこんだ。労働者らと目の高さがおなじになる。それだけで、かれらと親しくなったような気分がしてくる。横にはフォー(ヴェトナムうどん)の露店があって、若年増のねえさんがしゃがんで麺を振っている。客もとうぜんしゃがみこんで麺をすする。このまちの路上では、人は、椅子にかけるのではなく、地べたに坐るのでもなく、しゃがむのである。

 ヴェトナム人の身体アクションの基本はこの「しゃがみ」にあるようだ。いや、この姿勢は、生活や文化の基本のひとつといってもいいかもしれない。なるべく地べたにちかいところに頭・顔・四肢をおく。そして、思考機関、感知機関、挙動機関を低い位置から発動する。ロー・アングルのキャメラのように。しゃがみ、は身体を発条状態にしておくことである、弛緩ではない。一旦緩急あればそくざに次のアクションへうつれるようなフレキシブルな姿勢である。すっくと立つことはもちろん、跳躍することも、しゃがんだまま横に跳ぶことも、敏捷にできる。ヴェトナム人は、反米愛国のアメリカ戦争をそのように臨機応変に闘ったのであろうか。ホーおじさんやボー・グェン・ザップ将軍、戦争を指揮した首脳たちは、ジャングルのなかでしゃがみこんで作戦会議をし、兵士はジャングルのなかにしゃがみこんで敵を待ち受け、戦闘したのだろうか。

 ホーチミン・シティからバンコクへもどっても炎天下のまち歩きは変わらない。このまちへ最初に入ったのは1980年のことだった。それは、わたしのはじめてのアジア体験でもあった。そのときから20回近くこのまちを訪れているが、ここ数年の変化は激しい。庶民の足だったトゥクトゥクがだんだん減っていき、高速道路ができ、MRT(高架鉄道)が走り、市街地の再開発が進み、今回はひさしぶりであったが、地下鉄まで開通していた。しかし、変わらぬものもあって、それは路上の物売りである。地べたにビニールシートを敷いて、物をならべる。売るものは日用品雑貨類から装飾品まで多種多様である。地べたにシートの物売りの場所が下町の路地かというとそうではない。たとえば、東京でいえば新宿のような、エラワン・プラザとセントラル・ワールド・プラザ周辺の、欧米のブランド・ショップのショー・ウインドウがならぶ、その真ん前に堂々と店開きして、売り手も買い手もしゃがみこんで値段の交渉をしている。そんな光景が、伊勢丹まえや三越まえの路上で展開していると思ってください。この街区周辺は以前からバンコクの中心街のひとつだったが、ここ数年で急速に再開発化が進み、ビル群は改築新築された。環境の背景は変ったが露店の光景は25年前とほとんど変わらない。もちろん変化はある。それは、周囲に新しいビルができ、MRTの駅ができ、おしゃれな雰囲気になったことによって、路上の物売りも、そのメニューやレイアウトが洗練されてきたことである。しかし、売り手も買い手も、彼や彼女もしゃがむことはやめない。(つづく)


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