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青池憲司のコラム 眼の記憶 連載第2回 震災後にうまれた新しい芽

2003年11月1日

神大震災で、被災地の人びとはかけがえのない命と多くのものを失いました。しかし、自律と相互扶助の再生の日々に獲得したものもたくさんあります。そのひとつに鷹取救援基地」からはじまった「たかとりコミュニティセンター」(略称TCC神戸市長田区野田北部地区)の活動があります。きょうは、そのTCC内の団体「ツール・ド・コミュニケーション」と「ワールドキッズコミュニティ」を母体にしてつくられたヴィデオ作品を紹介します。

 そのうちの1本は、白いものが揺れて写っている画面からはじまります。おや、なんだろうと思って観ていると、その被写体が後退して、白いブラウスを着た少女だとわかります。少女は、自分がセッティングしたキャメラにむかって話しかけます。「わたしは見た目、日本人の顔をした、ふつうの女子高生です」。ヴィデオ作品のタイトルは『日系ブラジル人の私を生きる』(上映時間10分)。作者であり、登場人物のひとりである少女は松原ユミさん、18歳。神戸市長田区に住む在日日系ブラジル人三世です。

 作品のなかで、母親といっしょに見るアルバムの写真が、ユミさんの家族の歴史をつたえてくれます。かつて、ユミさんの祖父母は移民としてブラジルへわたり、辛苦の末、家族の生活を築き上げました。その後、日系ブラジル人二世を父母として生れたユミさんは15年前、3歳のときに、父母とともに日本へやってきました。小学校、中学校、高等学校を神戸の学校でおくって、ことしの4月に京都で大学生になりました。

 いわゆるニューカマー(外国人新規定住者)としての生活を、この国(日本)でどのように生きるのか。ユミさんは自分の悩みを、家族やおなじ背景をもつ友だちへのインタヴューを通して、キャメラとマイクを道具に、みんなの問題として考えていきます。ユミさんのいくつか年上の姉さんは自らの体験をふまえて、ユミさんと妹弟世代に、「自分らしく生きてほしい」と語りかけます。ユミさんもおなじ思いです。それは、作品タイトルのように「日系ブラジル人の私を生きる」ことです。

 とはいえ、いまのこの国で、「日系ブラジル人の私を生きる」ことは、したたかに困難だよなあ、とわたしは思ってしまいます。しかし、ユミさんは、わたしたち観客に、こんなメッセージをおくってきます。「これから映像を使って身近にいる友だちに私たちの思いを伝えたい。そして、いつかは私の映像が世界を変える力になればいいと思います」。晴朗な、宣言ひとつ、です。

 作品の最後は、歩道橋の上に置いたキャメラにむかって、ユミさんが自転車でのぼってくる場面です。ユミさんは、キャメラの前で自転車を止めてスタンドを立て、その姿が画面から消えるとキャメラがふわっと浮きあがります。ユミさんが手にしたキャメラがとらえた映像は、おどるような空と雲です。その空と雲は18歳の少女が社会へむかう、躍動と不安と決意を映し出しているとわたしは感じました。歩道橋ののぼりからここまでワンカット、軽やかで鮮やかなラストシーンであり、次のステップへのファーストシーンです。

 ユミさんは、ツール・ド・コミュニケーションとワールドキッズコミュニティを母体にした「Re:C」というグループの一員です。「Re:C」は、在日ヴェトナム人や在日日系ブラジル人、日本人のヤンガージェネレーションが参加していて、多様な文化背景をもった若い世代が映像をつかって自己表現している活動グループです。『日系ブラジル人の私を生きる』や、震災の年にあらわれ、いまも地域のあちこちに残る壁画はなぜ描かれたのかをさぐる、『かべのひみつ』などの作品があります。

 おなじく二団体を母体にしたグループに、「のだきた探検隊」、「真陽たんけん隊」という小学生グループがあります。「のだきた探検隊」は、野田北部地域に住むこどもたちが、まちのさまざまな商店やイベントなどを、映像でレポートしていく活動をしています。「真陽たんけん隊」は、おなじ長田区の真陽子ども会のこどもたちが、自分たちのまちの新しい魅力を発見し、映像をつかって発信していく活動をしています。『路地遊びフェスタ』『ぼくたちの夏休み』『小体連をなくさないで』『おいしいお店たんけん隊』など、いずれも、題材選び・撮影・編集・ナレーションなど、映像の制作過程におとなの手は入っていません。どの映像も、ヴィデオ・キャメラがかれらの身体に馴染んでいて、キャメラという新しい筆記道具、お絵かき道具を手にしたこどもたちの歓びがあふれています。

 これらの作品は、いまだ復興途上にある被災地KOBEの住民運動と文化運動が生み出した成果のひとつと、わたしは考えます。ツール・ド・コミュニケーションやワールドキッズコミュニティ、Re:Cなど、ここに取り上げた諸活動に関心のある方は、関連サイトをご覧ください。

 

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